2019年3月3日日曜日

韓国とは「断交かそれに準じる対応」からブレないように


 先日(2月末)のベトナムで行われた二回目の米朝首脳会談で合意に至らなかった。主目的は核放棄と経済制裁の解除の取引ということだが、トランプ米大統領が「これでは取引できない」との結論を出して終わった。金北委員長と文南大統領がシナリオ通りに行かなかったので困った立場に陥ったという評価に落ち着いている。僕も、大体そうだろうと思っている。そうすると、たまたま直後の3月1日あった独立百周年(と彼らが言っているようだ)での記念的な文大統領演説で、日本に対する攻撃を急にトーンダウンさせて、日本に擦り寄ってくる姿勢を見せた。やはり恥とか面目という項目が存在しないことを示している。しかし、これは織り込み済みだから驚くことではない。
 多くの日本人の庶民がこういう報道を受けての最大の関心事は、日本の政府が「じゃあ、韓国とまた仲よくしよう」とするのではないかという危惧だろう。我が国の政治家・官僚だけでなく経済人・メーカなどがそういう舵取りをするのを恐れるということだ。前者は国の名誉や国益より自分の議員の椅子に関心がある人たちが少なくないし、後者は金儲け第一主義に特化しているので(ただし、株主の意向があるので自社の長期的展望を貫徹することは困難だ)、そうするのではないかと予想する。もし、そういうことにでもなれば、そろそろ自民党政府を倒そうという非左翼的な流れが出てきても不思議ではない。人間の性(さが)がそう簡単に変わるものではないごとく、「恥」と「公」の欠如した韓国の性(さが)もそう簡単に変わるものではない。自分たちの都合によって「朝令暮改」「黒を白と言い張る」のは今後も目に見えている。
 文大統領は確かに北朝鮮のスパイではないかと指摘されることもある極端な立場のようだが、同国の保守的政権であった朴槿恵や李明博でさえも反日~恨日を表明あるいはそう装わないわけにはいけない国情なのである。ただ、李大統領自身が竹島に上陸して自国領土であるというアピールをしたのは、当時の我が国が国益意識の極めて希薄な民主党政権であったから足元を見られたのである。中国が尖閣諸島へのチョッカイをあからさまにし出したのもこの民主党政権であり、やはり足元を見られたのだ。だから、もちろん今までの自民党政権でも民主党政権や自社共同政権よりは遥かに国益上ベターなのである。国益のエッセンスは他国に対して自国の国民の保護と自国領土の保全を主張することに尽きるのであり、尖閣問題や竹島問題がいかにも些細な問題というようにマスコミが意図的に誘導していることは由々しきことである。

 僕の今思い浮かぶだけでも韓国の日本に対する非礼・侮辱を最近から遡って並べてみる。
 a 慰安婦問題で、天皇陛下が直接謝罪をすれば両国の関係は良くなると発表。
 b 日本海で飛行中の日本の哨戒機に韓国の艦船から攻撃目標セット用レーザーを
  照射。
  c 平昌五輪開催の時期にそのホームページの地図に日本列島だけを2回も消した。
 d 世界に定着して久しい「日本海」という名称を「東海」に変更しろと主張する。
 e 我が国の旭日旗を冒涜して、スポーツ大会などで我が国に自粛させている。 
 f いわゆる徴用工(実は、志願工)に対するいわれのない賠償金要求。
 g 戦時中の慰安婦へのいわれなき謝罪と賠償金要求と、他国にまでに慰安婦像を
  立てる暴挙。 
 h 竹島を韓国領と言い出して、国会議員や大統領までが勝手に上陸している。
 i 日本の仏像を国家レベルで窃盗して返却しない。
 j 日本開催のサッカーW..を強引に日韓共催に変えさせ買収誤審まみれの不名誉大会にした。
 k 日本の政治責任者の靖国参拝という国内問題を口撃し続ける。 
 l 戦後日本が主権を回復するまでの期間に、李承晩ラインという国際法無視の
  勝手な排他領域のラインを日本海に引いて、多数の日本の漁民を長期間抑留する
  非道を行った。抑留中に何人も死んでしまった。
  この人質を利用して日韓交渉を自分たちに有利に導いた。
 
 最近は、aやbのことで日本の世論?の対韓意識は最悪になっているようだが、僕の判断からは、特に、b,c,g,hの4点はそれぞれ1点であっても、国家に対する重大な侮辱として断交に相当すると思う。aもそれなりに腹が立つが、この4点は国家として実力行使をしているのだ。cの地図問題はマスコミも政府もほとんど反応なしだが、韓国の国家をあげての五輪のホームページに2度も日本列島だけを削除した地図を掲載するなんぞ、意図的な実力行使でないはずはないではないか。滑稽な程に民度の低いことを証明するような仕業だが、笑って済む話ではない。
 韓国が日本にいちゃもんをつけてくる時の拠り所は「日本は戦争犯罪国」だということだろう。自民党政権は立党の時からの綱領に憲法改正があることを忘れてはいけないし、戦争犯罪国といういわれのないラベル付けに対して世界に広く否定周知させる努力もしておかねばならなかった。声高でなくともよいのだ。いかにも冷静を装っておいてよいのだ。しかし、しつこく継続的に周知と理解させる努力や姿勢をしておかねばならなかったはずだ。

 上記のようなことを仕掛けてくる韓国は、自国を恐怖のロシア支配から防いでもらい、併合中に民度を向上させるための人的および金銭的な多大の貢献を受けて、戦後は何故日本が支払う必要があったのか理解のできない多額の賠償金の流用で目立った経済発展をし、さらには日本の企業からの支援や窃盗による製造業のノウハウを利用して寡占財閥を形成して輸出能力を向上させた。この百年間の間に日本が居なければ経済発展はなかったことは明らかだ。これは有力なASEAN諸国の指導者が公言していることと一致することである。日本の大手マスコミは東亜三国の日本非難ばかりを拡大報道して(朝日新聞などは率先して東亜三国に日本の専制政治を攻撃しなさいと誘導したのであり、これが引き金になっている)、数多いASAN諸国やインド・中東諸国が概ねないし積極的な日本肯定の姿勢を表明していることは意図して報道しないのだ。保守政権を倒したいの一念だ。韓国の事大主義と同根である。半世紀にもわたってこういう報道しか接することができていない多くの団塊の世代やそれに近い世代、そして多くの主婦層は洗脳され尽くしているので、哀れであるが投票権を持っているので国を憂うる者にとっては政治的には迷惑である。

 戦後しばらくしてからの日本の官僚や政治家や起業家はGHQの方針の通りに公の気持ちや恥(自分の良心、あるいはお天道様にたいする恥)の精神が次第に抜かれていってしまい、もともと恥や公の精神の希薄な韓国や全体主義国家の中共に安易に産業のノウハウを渡してしまって、今になって日本のメーカーが倒産させられている。そういう今の日本の企業には公の精神が欠如してきている。結局、その副作用は誇るべきであるはずのメイドインジャパン製品に最近は手抜きによる不良品が多くなってきているということになる。
 
 日本が戦後に朝鮮半島から「恩恵」を受けたのは朝鮮動乱の特需景気くらいであろう。確かにこの頃から日本の産業は息を吹き返したことになっている。これは、僕は、今から思うと良くなかったと思う。経済再興が早まったことは確かだが、この情勢が日本を自立した国家を再建しようとしていた方針を経済優先の方へ舵を切ることになり、そして今に至るのである。
岸信介政権の時にマスコミや活動家の大反対を押し切って日米安全保障条約が改定された(不平等条約を是正)。自民党の次の目標はGHQ憲法から自前の日本国憲法への改定であって、これは後進に委ねたはずだった。米国も、その後の日本があんな自国の主権を否定したままの憲法を改定しないとは全く予想していなかったということだ。後任の池田隼人首相も首相になる前は改定の気持ちがあったらしいが、何故か、経済重視主義に舵を切った。そして、所得倍増計画をぶち上げた。それは予想以上の成果を得たのである。国民の精神も、国家の問題より経済ということになった。「武士は食わねど高楊枝」でなく「花より団子」となり、「愛国心を言わなくても飯が食えて贅沢ができればそれでいいじゃあないか」ということになり、それが今に至っている。
韓国は昔からの公や恥の精神のないままで経済だけがそれなりに発展した。日本は、経済的にはなお先進国ではあるが、昔にはあった公や恥の道徳が次第に希薄になってきていると感じられる。
 
 戦後、少しくらい経済発展が遅れても好かったではないか。僕は、小学校時代まで貧乏な家庭に育った。しかし、その時に自分が不幸だなんて思わなかったし、今から振り返っても思わない。金と物が多いほど幸せであるなんぞ真実からほど遠い(そういう思わない人がいてもそれはそれでよろしいが)。この世に生を得て、「自分の持ち分を果たせる」ことこそ「有難いこと」で「幸せ」なことなのである。給料が多少少なくてもいいではないか。ただ、働ける場所を得ることこそ有難いことと思うべきだろう。遊びはたまにすることで満足しようではないか。半世紀前まではそうだった。それ故、賃金レベルよりも失業を減らすことが一義的に重要である。
 韓国の文政権では最低賃金を上げて国民を幸福にするというストーリーの政策をとった。国を問わず左翼政権のお決まりだ。その結果、企業はレイオフするか、あるいは倒産して失業者がさらに溢れている。こういう流れは経済に精通していない素人でも十分予測できることなのだ。その文大統領は今回の米朝交渉がまとまるという未熟な予想で予めのストーリーを描いていた。彼のどちらのストーリーもイデオロギーが先で、独りよがりの希望的観測的なだけの結果に終ったのだ。こういうことは日本の左翼イデオロギーの政治家や学者やマスコミの発言内容と符合している。彼らは、国や国民に対して実に無責任であるということである。とにかく、イデオロギーの貫徹が最優先なのだ。これは曽野綾子が述べている「善人は周りのものを不幸にする」の一例でもある。ここで私の言う「善人」とは「単純思考が故に、善人と思い込んでいる人」のことだ要するに、現実を自前の頭で考えていないので(イデオロギーというスーパーエゴが考えせしめている)、多くは現実と乖離している。そして、論理的にも幼稚なのである。そして、多くの人々を不幸にする。実に傍迷惑だ。


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