2019年2月19日火曜日

ロシア国には筋を通すべきだが、ロシア人とは仲良し歓迎だ

ロシア人について、僕の今までの人生の中で見聞いたり感じたりしたことを書いてみたい。特に、今ネットで調べ直したりはしないでおく。ロシア人と会話をしたこともないので、直接は何も知らない。経時的に思い出してみることにした。
先ずは、小学生の頃、大戦後に日本の兵隊をシベリアに連れて行って過酷な抑留をしたことを書いたものを読んだのが最初だと思う。満州から引き上げる日本人の婦女を暴行したことも同時に読んだものだ。朝鮮から引き上げる際に朝鮮人にも同じようなことをかなりされたことも書いてあった。そして、本来の日本の領土の樺太の南半分や北方四島などを無理やり奪った国である(そもそも、この領土略奪は当時の国際法のコンセンサスに違反するものだったという我が国が言うべき主張は考証に耐えるものだ)。つまり、悪い奴が多い悪い国というのが最初に抱いたロシアの印象だった。これは大多数の日本人の持った感想ではないかと思う。しかも、共産主義国という独特の国家であるという肌感覚があった。
僕の小学三年生の頃は、太平洋戦争や大戦前夜のノモンハン事件などの戦争物のグラビア雑誌が結構売り出されて、時々父親が買っていて家にあったので、読んでいた。インドシナ進出やフィリッピン沖の日英海戦のこともかなり詳しいことを読んでいた。僕の家の中には子供向けの本はほぼなかった。
ところが、小学五年生から二年間の受け持ちだった河内山先生はロシア人のことを良い奴だと言っていた。今の小学校の現状は知らないが、この先生は授業中に雑談が多くて、世間のことや大人同士に係るような話もするのだった。僕たちは興味深く聞いていたものだ。「ロシア人は昔から北海道辺りの日本人とは交流があって、お互いに仲良くしていたんだ。みんなはロスケ・ロスケと言って、人柄も好きだったんだよ」という話だった。
中学・高校・成人になる間に仕入れた歴史のことでは、ロシアは周辺の民族との抗争で侵略したりされたりの繰り返しであったが、領土に関する執着は強く、一旦獲得した領土はまずは返さないだろう(どこの国も基本的にはそうなのだが)ということであった。例外的なことでは、アラスカ地方を米国に売却したことと(後で、大いなる後悔をしただろう)、長い間の係争の末に中共との国境線を両者妥協の末に合意したことはあった。僕の若い頃のロシアは「ソ連」という大国で周囲の小国を威圧していたという姿しか肌感覚はなかったが、ロシア民族は他民族からの侵略で苦難の目を幾度もみたということも知った。

その後は、やはり僕としては、ロシアは戦後に北方領土を強奪したまま返還しない国というのが一番の印象であり続けた。北方二島返還では僕はつまらないと思う。二島返還といういじましいことよりも「道理」が大切だと思う。どうせ戦前の領土は今の第二次世界大戦後のレジームでは返ってこないのであろうから、日本政府は「助平根性」で交渉すべきではないとこの数年思うようになった。別に今更仲悪くなる必要はないので、仲良くしていってよいと思うが、歴史的に樺太南半分を含む(日露戦争で日本の領土と明記されたのだが、これは戦争で略奪したものではない。この辺りは当時どこの領土とも決まっていなかったのだ。千島列島との差し替え的なこともあった。重要なのはロシアが支配する前に間宮林蔵がこの島の辺りを探検して地図を作ったりしているのであるから、日本側に主権の根拠もあったのだ)北方領土は日本の領土であるという主張は続けておかないといけなかったと思う。これから数世紀・十世紀の間であっても、「筋」は「筋」として公言しておかなくてはならないと思う。こういうことが、国際政治的に自国が尊重される要件だと思う。これにつては実質の効果がなくても仕方がないのだと思うべきだ。安倍首相は日露平和条約などを勲章などと思うべきではない。馬鹿なことをするよりも何もしないことの方がよいのだ。安倍首相は長期の強力な指導者であったことが対外事情からは最大の勲章なのだ。ロシアは日ソ不可侵条約を破った国である。今更、口撃もしにくいとしても、忘れてはいけない。その落とし前もなく日露平和条約という代物などあり得ないではないか。しかも、平和条約がなくても民間では仲良くできることが現状である。

その後、自分で認識するようになったのは、国ではなくてロシア人という括りのことであるが、ロシア人は若い頃は、男は男前で女は美人であるということだ。これが一番の認識のように思う。ウクライナをはじめロシアの国の周辺には美人が多いことで有名だ。その後、日本のバブルの頃から、ロシア美人が夜の街に出稼ぎに来て街中でも見るようになった。最近ではこういう業種のロシア人は減っているのかもしれない。最近ではユーチューブで日本在住のロシア人(女性が多いが)も日本の文化を肯定する発信をもしばしば行っている。これを見たりすると、この人たちは基本的には日本の文化を尊重して生活をしているのが分かる。
最近どこかに書いてあったことだが、おおよそロシア人は我慢強い健気な性格の民族だということだった。幾度もの他民族による支配の歴史があり、また、ロシア皇帝やソ連という強圧な政府の支配を受け続けてきたので、それに耐えるのに慣れているということだ。今のプーチン大統領の支持が高いのは、この大統領の強権政治が、ソ連崩壊後の一時起ころうとしていたグローバル資本家によるロシア支配よりもましかなということもあるらしい。ロシア人は弱小民族の立場の歴史が長いので、自国の強い指導者を求めるということで、永らく能天気で済んでいた我が国の文化人には判らないのだろうと僕は思うようになった。
日本のマスコミや似非文化人は、国際的に難問を抱えている今この時にさえ、安倍政権の弱体化のみを目標にすべきだと信じているのかそう刷り込まれているのかそういう振りをしている。国体(僕が国体という場合は、天皇制だけのことでは決してない。それよりもむしろ、生活や統治の構造や精神に関連することだ)の維持や国益のことを考えると、今の国会で野党が内政の失策ばかりを長時間かけて追及して政権を弱体化させようとだけ考え、対朝鮮半島、対中国、対露、対米などの議論が全くないのは「日本国の国会議員か?」と追及せねばならない。対外的には、自国の政府は強力である方が有益である。「安倍一強」自体を悪いというのは意味論的には破綻している根拠の乏しい刷り込みなのである。ただ、「一強」の時に何をするかということが重要である。私は安倍政権の最近成立させている複数の法律は国益にとって大いに問題があると思っている。日本維新の会の足立康史が2月15日の衆議院算委員会で発言している通りだと思う。

ところで、僕はサッカー、テニス、卓球、バドミントンなどの日本人が活躍するスポーツの鑑賞をよくするが、フィギュアスケート(FS)もその一つだ。やはり最近では荒川静香や浅田真央が活躍し出してからよく見るようになった。ただ、僕は子供の頃からFSは知っていた。僕の小さい頃は関学大の上野純子選手(結婚後、平松に)の活躍を知り、少し後で関大の佐藤信夫の活躍を知るようになった。しかし、世界レベルになってきたのは伊藤みどりの頃からだ。そして、最近の盛況になる。
それはさておき、ロシア人のFS選手は日本人にもサポーターが多いが、逆も大体は真らしい。昨年の女子グランプリシリーズ・ファイナルは3人対3人の日露の国の威信を賭けた対戦でもあった。日本のマスコの報道の根本はそもそも論評に値しないが(別に議論する予定)、日露ともマスコミは公平な姿勢を保っていた。
特に、紀平梨花がザギトワを破って優勝した最後のフリー演技におけるロシアのTV局の実況解説を後でユーチューブで知ることができた。紀平の活躍で最近維持していたロシア勢の優勝は阻止されたが、その紀平の演技中のロシアTVのアナウンサーと解説者は「とても美しい流れだ。ほとんどの要素が完璧で文句の付けようがない。ロシアに強いライバルが現れたと認識すべきだ。彼女は高い技術を持っている」とストレートに称賛していた。紀平の演技自身が素晴らしかったのではあったが、ロシア人の技量と努力を愛する公平な精神が好きだ。そういえば、ロシアにはプルシェンコという元男子世界王者がいるが、彼を羽生結弦が尊敬し、彼は羽生を自分の後継者のごとく思っているところがあるという。
日露は現在にまで尾を引いている国家間の歴史的問題を有することは忘れてはならないが(経済的第一主義で日本の筋を曲げてはいけない)、国民同士は今までも今後も仲良くしていける精神文化を有しているものと感じている。中国人も公平に物事を見ようとする人々が数多くいることをスポーツの世界から感じている。

このことを思うと、朝鮮半島の人々は自己の勝手な主義主張を恥の心持もなく叫ぶ声が大き過ぎると思うのである(silent majorityは少なくないと信じているが)。当分は付き合うべきでない国だ。たとえ今後、同国の改心があるとしても、教育効果の浸透の時間を考えると、少なくとも1~2世代(約半世紀か)の間はまともに付き合わない方がよい。Polite ignoranceでよいと思う。しかし、我が国に不当な圧力を掛けられた場合に無反応なのは愚かな対応である。明確に我が国の論拠を広く発信しておく必要があるし、政治家や官僚はそうする義務を負っているはずだ。日本人全般においては、戦前・戦中の軍隊や民間で一所懸命に生きた先輩を意図ある輩の尻馬に乗って冒涜してはならないし、経済第一主義のために日本人の精神の筋を曲げてはいけないと思う。

2019年2月5日火曜日

国際標準からは、韓国に公式謝罪する事案はなかった


 戦後の我が国の政治家や官僚は、あまりにも安易過ぎるパターンで、韓国のいわれのない謝罪要求や非難に対していい加減に対応して、拒否してこなかった。それは我が国の国益を大いに損なってきたことは前号に述べた。しかし、僕は以前からそれに劣らず重要な不都合に心を痛めている。それは、当時の朝鮮半島における日本の為政者や入植者に対して、そういう現在の政治家や官僚が無慈悲な冒涜をしているのだということだ。大多数の人々は現地で日本の公の心持でお天道さまの下で誠実に活動をしていたのだと思う。勿論、一部の人々の非道な行為があったのだろうと思う。個々の事案については、真摯に謝罪し反省すべきだと思う。しかし、これは純粋な国内事案であっても、こういう人たちの不適切な行為はあるのである。こういうミクロ的な事案を国の公式謝罪というようなマクロ的なものに直ちに反映させれば、どの国も謝罪の嵐で収拾がつかなってしまう。こういう事案においては、一般的には西欧諸国や中国人の残虐さは日本人どころではない。

日韓併合のことについては歴史の事実を少しでも読めば、現在の韓国が非難をして謝罪を要求することなど恥ずかしいことのはずだ。逆の立場であれば、日本人は併合された不甲斐なさを恥じ、それを相手のせいにすることはもっと恥ずかしいこととして、黙って今後どう自国を不甲斐ないような国にするのかに集中したであろう。日本は「公」と「恥」の国なのだ。それがないから韓国人には発展性がないのである。
日本が当時併合していた朝鮮半島や台湾の経営がいかなるものであったかは、その気になれば明確に書いてある内外の書物や画像資料をみれば判るものだ。僕は、そういう書物の多くを以前から読んで知っている。

日清戦争の勝利の後の1895年の下関条約では、台湾と遼東半島などが清国から日本に割与されたが(第二・第三条)、第一条に「清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、それを阻害するような清国に対する貢・献上・典礼などは永遠に廃止する」とある。つまり、永らく朝鮮半島の宗主国が中国であったことが明らかなのであった。それを独立国として扱えとしたのだ(実態は、独立国の体をなしていなかったのだが)。もちろん、日本の国益のためである。しかし、台湾と異なり、この時点で日本の領土になった訳ではなかった。それなりの扱いを日本は朝鮮半島にしたのである。この事案がイロハのイの第一条であるということは、当時の朝鮮半島の利権が清国にあったという証拠である。
ところが、大昔から朝鮮半島の諸国は自分たちで統一する資質がなく、「事大主義」といって、主に大国の中国の権威を頂いて半島内の対抗勢力に対応しあっていた。そして、新羅という国は唐にも朝貢していたが、日本の国にも朝貢していたという二股を掛けた時があった。つまり、この時点での国力は、中国>日本>朝鮮であった。我が国においても倭の奴国が中国の魏への事大行為をしたことはあったが、そういうことは聖徳太子の時に決別宣言をしているということ(例の、日出づる国の天子云々)こそ中学の歴史から習うことだ。
清国敗戦後も朝鮮半島は予算も決算も判らないような一人前の国家の体をなさない状況で、結局、元の中国か日本かロシアかへの事大行為をしようとする勢力の内紛的状態であった。結局は,日本派が優勢になったという朝鮮半島の国内事情により、1910年に当時の大韓帝国という名称の政府との調印で同国は大日本帝国に合併吸収された。
それに先立つ1905年にロシアは日露戦争に負けて、それまでに進出していた朝鮮半島の権益を日本に譲っていた。そもそも日露戦争も満州と朝鮮半島の権益を争う二国間の争いであったのだ。ロシアは既に満州を侵略していた。ことほど左様に朝鮮半島は気の毒ではあるが、現実的には独立した状況ではなかった。そして、この時代は今の時代ではないのであって、西欧列強は自国の利益のためにアフリカや東洋の力の乏しい国々を属国にしていったのである。ただ、日本だけが非西欧国の中で唯一の列強に準じる立場を努力して獲得していた。日本は自国の利益のためと自国が西欧列強の属国になることを避るけための対外行動を取っていた。歴史的な視点からこの世界情勢における日本の方針を事後的に他の国が非難で済まそうとすることなどできないのである。元はといえば、西欧の列強主義に原因があるのであった。第二次大戦の戦勝国の米・英・露・仏は日本を非難することなどできるものではないのは当然としても、朝鮮半島の人たちにもできるものではない。時は帝国主義に翻弄された時代だったのだ。
この日露戦争の際には、大韓帝国は日韓議定書を交わして日本に協力することを明らかにしている。つまり、この時期においては、既に韓国国内に日韓合邦を目指す勢力が優勢になっていた。
そして、最終的な日韓合併調印は当時の西欧諸国に公に承認されたし,第二次大戦のポツダム宣言を日本が受諾した1945年にこれが失効した、ということが国際的に認められた歴史である。
確かなことは、もし朝鮮半島の権益をロシアが獲得していたら、二度とロシア領から戻らなかったに違いない。しかも、多くの朝鮮人をシベリアに移住させ、ロシア人を朝鮮半島に入植させたのに違いない。そうすると、今頃の朝鮮半島には人種・民族的にはロシア人ばかりで、返還どころではなくなっている。こういう政策はソ連が中央アジアの民族に行った仕打ちである(完璧ではなかったが)。
朝鮮半島の人たちは、日本のような非西欧・非中国的な国に併合されたことを災いの中の福として味わうべきだろう。日本人がその立場であったらお天道さまに感謝すると思う。つまり、日韓併合は次善の策として、むしろ朝鮮人は日本に感謝しないといけないのである。実は、その当時に生活していた朝鮮人の生存者にはそういう考えの人が少なくないのであるが、そういうことを表明すると袋叩きに遭う事例が続くので、silentになっているのである。
日韓併合中の朝鮮人の扱いについては、他の国々を搾取しまくった西欧列強とことなり、インフラ整備・教育の充実などに莫大な補助金を投資して民度を上げていったが(衛生状態が改善して人口は増加し、GDPは増加し、教育レベルも向上した)、こういう「占領」の仕方は日本だけであって、それは西欧の歴史家の多くが明記している。例えば、強国論(1998年 ランデス著、2000年 和訳 三笠書房)にそのように論じられている。台湾やパラオより遥かな資金上および制度上の優遇を受けていたにもかかわらず、朝鮮民族だけが日本を悪者にしようとする。古くから朝鮮民族に道徳教育と胸を張って言えるものがないからそうなるのである。突き詰めると、朝鮮民族の倫理・道徳とは一体全体なんなのだというのが、根源的にとわれるべきものである。
朝鮮半島における日本は弟に対する兄にならんとしたのであると思う。それは弟として強いられる側は受け入れられない部分はあるのだろうが、西欧諸国の「人でなし経営」と比べると天国のようであったということができる。つまるところ、少なくともその頃は西欧人は東洋人を同じ人間であるとは扱っていなかったこと大である諸点が数多くあったのだ。

慰安婦も軍艦島の労働者も、基本的には、朝鮮人は日韓併合していた国の日本人であったのであり、そういう扱いだったのである。朝鮮人で高等教育を受けて軍隊の上層部になった人たちも多く、多くの若者は軍隊にも応募して入隊したのである。同じように、慰安婦も軍艦島にも応募して就労したのであった。慰安婦の問題点は朝日新聞の捏造であることは判っているし、軍艦島(戦時就労の象徴)での就労状況も高い給料で生活設備も一般庶民よりは高かったことが普通のグラビア雑誌にも明らかにされていた。ただ、粉塵などの多い労働強化の大きい仕事だったという資料は誰にでも調べて知ることができるものだ。しかし、この状況は朝鮮半島出身者においても日本国内出身者においても同じようなものだったのである。だから、彼らの給料が非常に高かったのだ。(この議論は、慰安婦問題においても全く同じなのである)。この労働状況を非難することこそ、事後法で戦争犯罪をでっちあげるのと同じ非道なことである。その頃の一般的な労働状況であったのだ。戦後における国内事案である三池炭鉱でも同じ状況だったのだ。現在の能天気な人間が昔の人々の一般的な苦難の生活のことを政治的な翻訳機にかけてはいけないのである。